【Case35:株式会社VISの場合】マケシリ〜マーケティング事例に隠された心理効果を知ろう〜
マケシリでは、最近ちょっと気になったマーケティング事例を独断と偏見でピックアップ!
弊社顧問で心理学博士の関屋 裕希さんになぜ気になっちゃうのかを心理学の観点から紐解いていただきます。

関屋 裕希 Yuki Sekiya
1985年1月31日生まれ/福岡県福岡市出身
せきや・ゆき/臨床心理士。公認心理師。博士(心理学)。東京大学大学院医学系研究科 デジタルメンタルヘルス講座 特任研究員。専門は職場のメンタルヘルス。業種や企業規模を問わず、メンタルヘルス対策・制度の設計、組織開発・組織活性化ワークショップ、経営層、管理職、従業員、それぞれの層に向けたメンタルヘルスに関する講演を行う。近年は、心理学の知見を活かして理念浸透や組織変革のためのインナー・コミュニケーションデザインや制度設計にも携わる。著書に『感情の問題地図』(技術評論社)など。
ホームページ:https://www.sekiyayuki.com
2026年5月10日の母の日にあわせて、株式会社VISとWoopsyang companyが企画した体験型イベント「ぼーっとする大会母対抗戦」についてご紹介します。

本企画は、東京・浅草花やしきで開催され、参加者が90分間何もせずにぼーっとすることを競うユニークなイベントです。スマートフォンの使用や睡眠、会話などは禁止され、ただ静かに過ごすことがルール。観客による評価や心拍数の変化などをもとに、最もぼーっとできた人が決定されます。
背景には、現代の母親が十分に休めていないという社会課題があります。そこで本イベントは、花やプレゼントではなく「何もしない時間」を贈るという新しい母の日の形を提案。さらに、にぎやかな遊園地という場所で静けさを競うという対比によって、コンセプトを直感的に伝える設計となっています。
「忙しいお母さんに休む時間を」というメッセージを、説教的に伝えるのではなく体験として届ける、新しい切り口のマーケティング施策として注目されています。
「何もしていない時間」にすら罪悪感を感じる時代
──関屋さん、最近はぼーっとすること自体が難しくなっている気がします。
関屋:そうですね。今は家事も仕事も、すべてやるべきこととして捉えられやすい時代です。だから、何もしていない時間に対して「これでいいのかな」と不安を感じてしまう人が多い。
本来ぼーっとするというのは自然な行動なんですが、意識した瞬間に「無駄なんじゃないか」とネガティブに考えてしまう。
この矛盾が、現代人の疲れにつながっていると思います。
サウナはなぜ“ぼーっとできる”のか
──サウナはリラックスできる人が多いですよね。
関屋:サウナは面白くて、温度変化や外気浴など体の変化があるから、自然と意識がそこに向くんです。結果として余計なことを考えにくくなり、ぼーっとしやすい状態になる。
つまり、ただ「ぼーっとしよう」とするよりも、状態をつくることが大事なんですね。
VISの取り組みも、そうした何もしない時間を肯定する環境づくりに近い発想だと思います。
タイパ・コスパの先にある価値
──今はタイパやコスパが重視される時代ですよね。
関屋:そうですね。でもその流れが強くなりすぎると「意味のあることしかやってはいけない」という感覚になってしまう。
そこで出てくるのが、「この時間自体を価値として感じられるかどうか」という視点です。
例えば、ぼーっとする時間をご褒美として受け取れるか、それとも無駄と感じるか。
これはかなりメンタリティの問題で、捉え方によって体験の価値が大きく変わります。
AI時代だからこそ、“人にしかできない時間”が重要になる
関屋:これからはAIが多くの作業を代替していく時代になりますよね。
そうなると、人はよりクリエイティブなことや、人とのコミュニケーションに時間を使うようになる。
そのためには、余白が必要なんです。
常に何かをしている状態では、新しい発想は生まれにくい。
ぼーっとする時間は、一見すると非効率に見えるけど、長い目で見るととても重要な時間なんです。
「やってみてよかった」と思える設計
──こういう価値って、どうやって伝えるのがいいのでしょうか。
関屋:ポイントは「まず体験してもらうこと」ですね。
理屈で「ぼーっとするのは大事です」と言われても、なかなか実感できない。
でも実際にやってみて「なんかスッキリした」「気持ちが軽くなった」と感じると、その価値を受け入れやすくなる。
さらに「こういう効果があります」というエビデンスがあると納得感も高まる。
精神的に忙しい人ほど、こうした理由づけがあると行動しやすいんです。
まとめ:ぼーっとすることにも価値がある
株式会社VISの取り組みは、
・何もしない時間への罪悪感
・効率を求めすぎる社会
・常に思考し続ける疲れ
こうした現代特有の課題に対して、ぼーっとする価値を提示した事例でした。
タイパやコスパだけでは測れない、余白の時間。
それをどう捉えるかで、日々の満足度は大きく変わります。
何もしない時間を「無駄」とするのか、
それとも「必要な時間」とするのか。
その捉え方が、これからの生き方を左右していくのかもしれません。
──関屋さん、本日もありがとうございました!