『心脳マーケティング』|伝えた価値は、どう受け取られる?
「心理学」「脳科学」関連の書籍を読んで、blogle編集部が感じたことをお伝えしていくコーナーです。
「ゆっくり過ごせる店」と伝えるために、人のいない静かな店内を広告に使う。ところが、初めて見る人には「少し入りにくそう」と映るかもしれません。同じ写真なのに、作り手と見る人の間で、違う店ができあがる。広告を考えるとき、気になるすれ違いです。
これは説明のための仮の場面ですが、文章を分かりやすくすれば解消する、とも限りません。見る人は、そこに書かれた言葉だけでなく、自分の経験や、そのときの気分も持ち込むからです。
今回取り上げるのは、ジェラルド・ザルトマン著、藤川佳則・阿久津聡訳『心脳マーケティング 顧客の無意識を解き明かす』(ダイヤモンド社、2005年)。なかでも、ブランドの意味は誰がつくるのか、という視点に絞って読みます。

伝えたい価値を決めることと、その価値が相手に伝わることは別です。広告の完成を判断するなら、作り手の意図だけでなく、受け手がそこからどんな場面を思い浮かべたかも確かめたい、ということです。
メッセージは、送ったとおりには届かない
ザルトマンは第1章で、企業が発信すれば、消費者もその意図に沿って解釈してくれるという前提を問い直しています。伝え方を磨く以前に、受け取り方まで企業が決められるのかを考えさせる指摘です。
企業には、製品をつくった理由や、広告にその写真を選んだ経緯があります。しかし、見る人はそれを知りません。広告を初めて見た人が使えるのは、目の前の写真や言葉と、自分が持っている経験です。社内では説明不要な表現ほど、この違いが見えにくくなります。
ここで「顧客は理屈を分かってくれない」と片づけると、本書を読む意味が薄れてしまいます。著者が問い直す対象には、マーケティングをする側の思い込みも含まれているからです。商品の説明を増やす前に、自分たちが当たり前だと思っている前提を見てみる。その向き直りが、まず印象に残りました。
受け手の解釈の違いは、理解力の不足ではなく、こちらが見落としている前提を知る手がかりになります。
ブランドの物語は、企業だけのものではない
第10章「物語とブランド」では、ブランドの意味を、企業と顧客がともにつくるものとして扱っています。企業が語る創業物語だけが、ブランドの物語なのではありません。
広告を見て思い出す出来事、商品を使う自分の姿、一緒に使う人との関係。顧客が組み立てる物語には、企業が用意していない材料も入ります。ブランドの意味は広告の中で完成し、外へ運ばれるだけのものではない。この見方には、伝える仕事の難しさと面白さの両方があります。
冒頭のカフェの例なら、「落ち着いて一人の時間を過ごせる」という物語も、「常連だけがくつろぐ場所に、自分が入ってよいのだろうか」という物語も考えられます。写真に写っているのは同じ空間でも、見る人が想像する自分の立場は違います。
本書のこの視点から考えると、よい表現を選ぶ仕事は、言いたいことをきれいにまとめるだけでは済みません。相手がどんな自分をそこに置けるのか。その想像まで含めて、広告を眺める必要がありそうです。
ブランドを伝えるとは、相手の物語を決めることではなく、その物語が生まれる手がかりを用意することです。
無意識を「見抜く本」としては読みたくない
『心脳マーケティング』という書名から、顧客の本音を読み取り、狙いどおりに動かす方法を期待するかもしれません。けれど、編集部として持ち帰りたいのは、むしろ簡単には分からない相手に、どう向き合うかです。
本書は、画像や比喩を使う調査、記憶、質問の設計など、さまざまな角度から顧客理解を考えます。一方で、調査者が付けた解釈を、そのまま顧客の心だと扱えば、別の思い込みを増やしかねません。「入りにくそう」という一言にも、価格の心配、利用方法の不明瞭さ、一人客への遠慮など、いくつもの読み方が残ります。
原著は2003年刊です。脳科学の説明や当時の事例を、現在の広告効果の保証として持ち出す読み方も避けたいところ。今回は本書全体の技術紹介ではなく、企業の意図と顧客の意味づけを分けて考える視点を取り上げています。
「本当はこう思っているはず」と言い切らず、別の解釈が残っていないかを確かめる。その慎重さも、顧客を理解する仕事の一部です。
「この広告、好きですか」の前に聞けること
広告案を見てもらうとき、好感度だけでなく「どんな利用場面が浮かんだか」を聞く。ここからは、本書の視点を広告制作へ引きつけた編集部の提案です。著者の調査手法を、そのまま再現するものではありません。
たとえばカフェの広告なら、最初から「落ち着けそうですか」と聞くと、こちらが確認したい答えを先に渡してしまいます。まずは店の説明を足さずに見てもらい、「どんなときに立ち寄る店に見えますか」と尋ねる。答えが出たら、「どこを見てそう思いましたか」と続けます。
「一人で本を読みたいとき」という答えと、「誰かとの大事な話のとき」という答えは、どちらも落ち着いた印象から出るかもしれません。でも、席の選び方、店内で気になる音、知りたい情報は同じではなさそうです。「落ち着くと答えた人」とひとくくりにせず、想像した場面を残しておくと、表現を選ぶ材料になります。
言い換えが難しそうなら、無理に理由を求め続ける必要はありません。答えにくいことも含めて記録し、こちらの解釈で空欄を埋めない。聞き方そのものを見直したい場合は、以前取り上げた『LISTEN』も、この話につながります。
受け取り方の違いから、直す場所を決める
感想を集めた後は、意図と違う回答を消すのではなく、その回答につながった手がかりを探します。大切なのは、広告を褒めてもらうことより、どこを変えるか判断できることです。
以下は冒頭のカフェ広告を使った仮の記録です。実際の顧客調査結果ではありません。
| 分けて残すこと | カフェ広告での記録例 |
|---|---|
| 作り手の意図 | 初めての人も、一人でゆっくり過ごせる店と伝えたい。 |
| 受け手の言葉 | 静かそう。でも、少し入りにくそう。 |
| そう思った箇所 | 人のいない店内写真。誰がどう過ごす店なのか、想像しにくい。 |
| 次に試す変更 | 実際に提供している一人席での過ごし方が分かる写真を用意し、受け取り方を再確認する。 |
この場合、直す候補は「ゆっくり」の文字を大きくすることだけではありません。利用場面が分かる写真を選び直す、初めての人が気にする利用方法を補う、といった方向も考えられます。ただし、広告のために実際にはない過ごし方を演出すれば、来店後に別のずれを生みます。表現を変える前に、その約束を店で受け止められるかも確認したいところです。
少人数の感想から、市場全体の評価や売上は予測できません。ここで見つけるのは、次に試す修正の仮説です。違う答えが出ても平均して丸めず、どんな人が、どんな場面を想像したのかを分けて残す。そのうえで、実際の利用や問い合わせの変化も見ていきます。
伝わらなかったとき、もっと強く言う前に、相手には何が見えていたのかを聞いてみる。同じ広告から、自分たちには見えていなかった店の姿が浮かぶかもしれません。
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