【FACTFULNESS】世界は、思っているより本当に悪いのか?
「心理学」「脳科学」関連の書籍を読んで、blogle編集部が感じたことをお伝えしていくコーナーです。
今回のテーマは「わたしたちの世界観は、いつ更新が止まるのか」です。市場やお客さまについて「たぶん、こうだろう」と話すとき、その前提がいつの情報だったかは、意外と思い出せないものです。読み終わるころには、思い込みが生まれる仕組みと、それを見つけるための問いが手元に残ります。
このテーマは【『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』著者:ハンス・ロスリング/オーラ・ロスリング/アンナ・ロスリング・ロンランド(日経BP/上杉周作・関美和 訳)】に書かれている内容からインスピレーションを受けました。

今回お伝えしたい結論を先に言ってしまうと
「わたしたちが世界を読み違えるのは、知識が足りないからではありません。かつて正しかった世界観が、更新されないまま残っているからです」
「だからこそ、伝える仕事の本当の勝負どころは『知ってもらうこと』ではなく、『上書きしてもらうこと』にあります」
12,000人が3択クイズに答えて、あてずっぽうより悪い点を取った
この本の出発点は、ひとつの調査結果です。著者たちが設立したギャップマインダー財団は、2017年にGapminder Misconception Study 2017という調査を行いました。日本を含む14か国のおよそ12,000人に、世界の現状についての3択クイズを出したものです。
集計対象は12問。3択ですから、まったく知識がなくても、あてずっぽうで答えれば平均4問は当たります。
実際の平均正答数は、2.2問でした。
あてずっぽうの期待値を上回った人は、全体のわずか10%。12問すべて外した人が15%います。著者のロスリングは、この結果をわかりやすく言い換えました。人間は、選択肢をでたらめに選ぶチンパンジーより成績が悪い、と。もちろん本物のチンパンジーが問題を解いたわけではありません。3択をでたらめに選べば3分の1は当たる、という計算上のたとえです。それでも、その計算に負けたという事実は変わりませんでした。
あてずっぽうより悪いという結果は、単なる知識不足では説明がつきません。知らないだけなら、正答率は3分の1に近づくはずだからです。それを下回るのは、大勢が同じ方向へ間違えていることを意味します。
無知は、点数を平均に近づけます。点数を平均より下へ引きずり下ろせるのは、思い込みだけです。
ただ1問だけ、85%が正解した。その落差が原因を教えてくれる
この調査には、集計から外された13問目があります。「気候の専門家は、これから100年の気温をどう予測しているか」という設問です。
正答率は85%でした。他の設問とあまりに差が大きいため、平均の計算から除外されています。
他の設問と比べると、落差がはっきりします。Ipsos MORIが公開した12か国10,024人分の集計によれば、「極度の貧困にある人の割合が過去20年でどうなったか」の正答率は7%。「世界の1歳児のうち予防接種を受けている割合」は13%。「世界の平均寿命」は38%でした。
気候変動だけが85%。この落差は、どこから来るのでしょうか。
気候変動は、この20年ずっと語られ続けてきたテーマです。ニュースでも、教科書でも、企業の広報でも、繰り返し上書きされてきました。いっぽう貧困や乳幼児医療の改善は、改善したという事実そのものがニュースになりません。「今年も乳幼児の死亡率が前年よりわずかに下がりました」という速報は流れないのです。だから多くの人の頭のなかは、学校で習ったころの世界のまま止まっています。
人は、知らないから間違えるのではありません。昔インストールした世界観が、更新されないまま動き続けているから間違えるのです。
では、実際の数字はどうなっているのでしょうか。世界の1歳児の予防接種率(3種混合ワクチンの1回目)は、WHOとUNICEFの推計で2025年時点の90%。極度の貧困にある人の割合は、世界銀行の集計で1990年の43.4%から2025年には10.2%へ下がりました(1日3.00ドル・2021年購買力平価の基準線)。世界の平均寿命は国連の推計で73.3年です(2024年改訂)。
ただし、数字の比べ方には落とし穴もあります。この本の刊行時と現在では、世界銀行が使う貧困ラインの基準そのものが変わりました。基準の違う数字をそのまま並べると、改善していないように見えてしまいます。数字は、扱い方しだいで思い込みの側にも回ります。
思い込みには方向がある。人は世界を実際より悪く見積もる
この本は、こうしたずれを生む心の癖を10種類に分け、それぞれに名前をつけています。なかでも伝える仕事に直結するのが、ネガティブ本能と名づけられたものです。
悪い出来事はニュースになりますが、少しずつの改善はニュースになりません。結果として、わたしたちに届く情報は最初から悪い側に偏っています。世界を実際より悪く見積もるのは、性格が悲観的だからではなく、入ってくる材料が偏っているからです。
もっとも、悪い面に注意が向くこと自体は、危険を避けるために必要な機能でもあります。ネガティブな情報への感度は、生き延びるうえで有利に働いてきました。
この本が問題にしているのは、感度そのものではありません。感度を高く保ったまま、事実を確認しないことです。ロスリングは、悲観を楽観に置き換えろとは言っていません。数字を見てから判断しよう、と言っています。
ちなみに調査結果を細かく見ると、日本の回答者は予防接種の設問で6%(ドイツ・フランスと並ぶ最下位)、平均寿命の設問で28%(12か国中の最下位)でした。いっぽうで絶滅危惧種の設問は26%で12か国中の首位、2100年の子どもの数の設問も36%で2番目に高い正答率です。国ごとに得手不得手はありますが、「特定の国の人だけが特に無知だ」という単純な結論は、データからは出てきません。
お客さまが持つ自社のイメージも、同じ速さで古くなっていく
12問中2.2問という結果は、世界情勢に限った話ではありません。同じことが、自社に対するイメージにも起きています。
5年前に取引が途切れたお客さまは、5年前の商品ラインナップで御社を記憶しています。3年前に一度だけ問い合わせた見込み客は、そのとき聞いた納期と価格のまま判断を止めています。設備を入れ替えても、体制を変えても、伝え直さないかぎり、相手のなかの情報は書き換わりません。
気候変動の設問だけが85%だったのは、繰り返し語られてきたからでした。同じことが、自社の情報にも当てはまります。
認知を取ることと、認知を上書きすることは、まったく別の仕事です。新しく知ってもらうより、すでに古い情報を持っている相手に更新してもらうほうが、はるかに難しい。ところが多くの計画は、前者にだけ予算を置いています。
切り口としては、たとえばこうした打ち手が考えられます。既存顧客と失注顧客に向けて「変わったこと」だけを伝える接触を定期的に作る。会社案内やサイトの実績に更新日を添えて見せる。商談の冒頭で「以前お聞きになった内容から変わった点」を先に共有する。どれも新しい魅力を足す施策ではなく、古い情報を剥がす施策です。
危機感で動かす訴求は、短期的に効いても関係を痩せさせる
ネガティブ本能は、送り手の側にも誘惑を用意します。「このままでは手遅れになります」と書けば、反応は取りやすい。人は悪い情報に強く反応するからです。
ブログルは、この手を採りません。理由は倫理だけではなく、もっと実務的なところにあります。
恐怖で動いた相手は、恐怖が消えた瞬間に離れます。次に振り向いてもらうには、前回より強い危機感が必要になる。この構造は必ずエスカレートし、やがて相手は疲れて反応しなくなります。短期の数字は取れても、関係は痩せていきます。
危機感は行動を起こさせますが、判断力を奪います。判断力を奪われた相手は、良い意思決定をしてくれません。長く伴走したい相手に対して、望ましい状態とは言えないはずです。
代わりに置けるのは、事実です。市場がどう変わったかを数字で示し、そのなかで御社がどこにいるかを一緒に確かめる。結論を押しつけず、判断材料を揃える。13の設問でロスリングがやってみせたのは、まさにこれでした。「世界は良くなっている」と説得するのではなく、クイズを出して、相手に自分で気づいてもらっています。
自社の世界観が止まっていないか、5つの問いで確かめる
最後に、ブログルが自分たちにも向けている5つの問いです。すぐに答えが出ないものがあれば、そこが更新の止まっている場所かもしれません。
- 自社の市場が縮んでいるという前提を、最後に数字で確かめたのはいつですか
- 「うちのお客さまは◯◯な人たち」という説明は、何年前のデータに基づいていますか
- 失注したお客さまは、御社の何を根拠に見送りましたか。その根拠は今も事実ですか
- 会社案内やサイトに載っている実績のうち、直近1年で更新したものはいくつありますか
- 直近の施策のなかに、危機感に頼らずに動いてもらえたものはありましたか
世界についてのクイズで、わたしたちが取った点数は12問中2.2問でした。自社について同じクイズを作ったら、何点取れるでしょうか。これは、書いている側にもそのまま返ってくる問いです。
思い込みは、怠けているから生まれるものではありません。かつて正しかったものを、正しいまま置いているだけです。だとすれば必要なのは反省ではなく、確かめる習慣のほうなのかもしれません。
参考・出典
- 調査の設計と全体結果(14か国・約12,000人/2017年実施): Gapminder Misconception Study 2017(Gapminder Foundation)。同財団の資料は free material from GAPMINDER.ORG, CC-BY LICENSE
- 設問別の正答率(12か国・10,024人/2017年実施): Ipsos MORI「Mind the Gap: Misperceptions about the world」
- 予防接種率(2025年時点・3種混合1回目 90%): WHO「Immunization coverage」ファクトシート(WHO/UNICEF推計)
- 極度の貧困率(1990年43.4%→2025年10.2%/1日3.00ドル・2021年購買力平価): 世界銀行「Poverty Overview」
- 世界の平均寿命(73.3年/2024年改訂): 国連「Global Issues: Population」(World Population Prospects 2024 Revision)
- 書籍: 『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』ハンス・ロスリング/オーラ・ロスリング/アンナ・ロスリング・ロンランド 著、上杉周作・関美和 訳、日経BP、2019年
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