書籍紹介 執筆者:blogle編集部

【フロー体験 喜びの現象学】時間を忘れて没頭できるのは、どんなときか?

【フロー体験 喜びの現象学】時間を忘れて没頭できるのは、どんなときか?

「心理学」「脳科学」関連の書籍を読んで、blogle編集部が感じたことをお伝えしていくコーナーです。

今回は「時間を忘れて何かに没頭できるのは、どんなときなのか?」というテーマでお話したいと思います。

このテーマは【『フロー体験 喜びの現象学』著者:ミハイ・チクセントミハイ】に書かれている内容からインスピレーションを受けました。

フロー体験 喜びの現象学 書籍表紙

今回お伝えしたい結論を先に言ってしまうと

「時間を忘れるほどの没頭は、生まれつきの集中力の差ではない」

「難しさとできることがつり合い、目標と手ごたえがそろったとき、人は自然と夢中になれる」

ということです。

好きなことに取り組んでいるうちに、気づけば何時間も過ぎていた。そんな経験は、多くの人にあるのではないでしょうか。

本書は、その「我を忘れて没頭している状態」をフローと名づけ、それがどんな条件で生まれるのかを、丁寧に解き明かしていきます。読んでいると、夢中になれるかどうかは、本人の性格や才能というより、その時に置かれた条件しだいなのかもしれない、と感じます。

「フロー」とは、時間を忘れて溶け込んでいる状態のこと

本書でいうフローとは、目の前のことに完全に入り込み、心と行動がひとつに溶け合っているような状態のことだと語られています。

スポーツに打ち込んでいる時、絵を描いている時、あるいは仕事の込み入った作業に集中している時。ふと気づくと、周りの音も、時間の流れも、自分自身のことさえ意識から消えている。そんな瞬間を、著者は数多くの人へのインタビューから拾い集めています。

興味深いのは、こうした瞬間に人が感じる充実感が、必ずしも「楽をしている時」には訪れないという点です。むしろ、少し背伸びして何かに取り組んでいる時にこそ、深い満足がやってくるのだそうです。

本当の充実は、リラックスの中ではなく、心を注いで何かに向き合っている時間の中にあるのかもしれません。

夢中は、「難しさ」と「できること」がつり合ったときに生まれる

本書がフローの鍵として挙げているのが、挑戦の大きさと、自分の能力とのバランスです。

取り組む相手が、自分の力に対して簡単すぎると、人は退屈してしまいます。反対に、あまりに難しすぎると、今度は不安になって手が止まってしまう。夢中になれるのは、ちょうどその真ん中——少しだけ背伸びが必要だけれど、なんとか手が届きそうな、絶妙なつり合いの中でだと語られています。

ゲームがつい面白くなってしまうのも、この仕組みに近いのかもしれません。簡単すぎるとすぐ飽き、難しすぎると投げ出したくなる。少しずつ難易度が上がり、そのたびに自分も上達していく時、私たちは時間を忘れて画面に向かってしまいます。

人が夢中になれるかどうかは、やる気の強さより、「難しさ」と「できること」のつり合いで決まる部分が大きいのだと思います。

「目指す先」と「すぐ返る手ごたえ」が、集中を支える

もうひとつ、本書がフローの条件として挙げているのが、明確な目標と、すぐに返ってくる手ごたえです。

今、自分が何を目指しているのかがはっきりしていて、しかもその一手ごとに「うまくいった」「今のはずれた」という反応がすぐ返ってくる。この二つがそろうと、人は迷わずに次の一手へ進めるのだそうです。

楽器の練習や料理を思い浮かべると、わかりやすいかもしれません。今どの音を出すか、次に何を刻むかがはっきりしていて、その結果がすぐ耳や目に返ってくるからこそ、私たちは夢中で手を動かし続けられます。逆に、何をすればいいのか曖昧で、やった結果も返ってこない作業は、すぐに気が散ってしまいます。

集中が続くかどうかは、「どこへ向かうか」がはっきりしていて、「今どこまで来たか」がその場でわかること。この二つに、静かに支えられているのだと思います。

楽しさは、外から与えられるより、自分の中から生まれる

本書を読んで印象に残ったのは、フローの中で得られる喜びが、ごほうびや評価といった「外側の理由」ではなく、その行為そのものから生まれてくる、という指摘でした。

著者は、その行為自体が目的になっている状態を、大切な鍵として語っています。誰かに褒められるためでも、得をするためでもなく、ただそれをしていること自体が楽しい。そういう時間が増えるほど、人生は豊かに感じられるのだそうです。

これは、日々の暮らしにも通じる話なのかもしれません。同じ仕事や家事でも、「やらされている」と感じるか、「自分なりの工夫を試している」と感じるかで、時間の質はずいぶん変わってきます。ちょっとした目標を自分で置いてみるだけで、退屈だったはずの作業が、少し面白くなることがあります。

楽しさは、環境から一方的に与えられるものというより、自分でその中に見つけ出していけるもの。そう考えると、毎日の見え方が少し変わってくるように思います。

『フロー体験 喜びの現象学』は、夢中になれる時間がどこから来るのかを、静かに教えてくれる一冊です。

没頭できるかどうかは、才能や気合の問題ではないのかもしれません。

ちょうどよい難しさ、はっきりした目標、すぐ返ってくる手ごたえ。その条件がそろった時、人は時間を忘れて、その時間を心から楽しめるのだと思います。

blogle視点
明日から使える、マーケティングのヒント
本から得た「夢中は才能ではなく条件で生まれる」という視点を、企業のコミュニケーション課題にどう活かすか。ここからは、ブログルらしく仕事の話にひきつけて考えます。

お客さまの体験を、「難しすぎず、退屈でもない」ちょうどよさに調整する

フローが生まれる「難しさとできることのつり合い」という視点は、そのままお客さまの体験設計に効いてくるように思います。サービスに初めて触れるお客さまにとって、最初の体験がいきなり複雑だと、不安が先に立って離れてしまいます。かといって、あまりに物足りないと、価値を感じる前に飽きてしまう。人が夢中になれないのは、たいてい「難しすぎる」か「退屈すぎる」かのどちらかに寄っている時なのだと思います。

だからこそ、たとえば新規のお客さまに向けたオンボーディングでは、最初から全部の機能を見せるのではなく、まず一番かんたんで、しかも「できた」と手ごたえを感じられる一歩を用意しておく。そこを越えたら、次に少しだけ背伸びの必要な使い方を案内する。お客さまの上達に合わせて、差し出す難しさを少しずつ上げていく。この階段のかけ方こそが、途中離脱を防ぎ、「使いこなせている」という前向きな実感につながっていくのかもしれません。難しさは、下げればいいというものではなく、その人の今にちょうど合わせて整えるものなのだと思います。

お客さまに続けていただく設計とは、ハードルをただ下げることではなく、「今のその人にちょうどいい難しさ」を用意し続けることなのかもしれません。

「進んでいる手ごたえ」を、その場で返す

フローのもうひとつの条件だった「明確な目標」と「すぐ返る手ごたえ」も、コミュニケーションの現場にそのまま持ち込めるように感じます。私たちはお客さまに何かをお願いする時、つい「登録してください」「入力してください」とお願いだけを重ねてしまいがちです。けれど、いま何のために、どこまで進んでいるのかが見えないと、人は途中で「本当にこれで合っているのだろうか」と不安になり、手が止まってしまいます。

そこで、目指す先と、今の到達点を、その場でそっと返してあげる。たとえば申し込みフォームで「あと1ステップで完了です」と進み具合を見せる、資料請求のあとに「受け取りました」とすぐ反応を返す、はじめて操作を終えたお客さまに「最初の設定が完了しました」と小さな達成を言葉にして届ける。こうした手ごたえの一つひとつが、お客さまの「進んでいる」という感覚を支え、次の一歩を軽くしていきます。行動経済学でも、人はすぐに反応が返ってくる方が行動を続けやすいことが知られています。手ごたえを設計するというのは、お客さまを急かすことではなく、迷わせないための思いやりに近いのだと思います。

お客さまが安心して次へ進めるのは、うまい言葉で背中を押された時よりも、「今、ちゃんと進めている」と手ごたえを感じられた時なのかもしれません。

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