【モチベーション3.0】なぜ、ごほうびはやる気を弱めるのか?
「心理学」「脳科学」関連の書籍を読んで、blogle編集部が感じたことをお伝えしていくコーナーです。
今回のテーマは「ごほうびは、人のやる気にどう影響しているのか」です。成果に応じた報奨金、達成率に連動した賞与、買うほど貯まるポイント。人を動かしたいとき、わたしたちはまず「ごほうび」を足そうとします。ところが心理学の実験は、半世紀にわたって逆の結果を示してきました。読み終わるころには、報酬が効く場面と効かない場面の線引きが見えて、報酬を足す前に確かめたい条件が手元に残ります。インセンティブや販促の設計を任されている方に向けた記事です。
このテーマは【『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』著者:ダニエル・ピンク(講談社+α文庫/大前研一 訳)】に書かれている内容からインスピレーションを受けました。

今回お伝えしたい結論を先に言ってしまうと
「報酬で買えるのは行動であって、意欲ではありません。買った行動は、支払いをやめた時点で元へ戻ります」
「だから人を動かす仕事の勝負どころは、何を足すかよりも、いま何を奪っているかを見つけることにあります」
報酬を出した日ではなく、報酬をやめた日に意欲は落ちる
この本の出発点は、1971年にロチェスター大学のエドワード・デシが行った実験です。学生に立体パズル(ソマキューブ)を組み立ててもらう課題を、1日以上あけて3回くり返しました。
仕掛けは、途中の8分間にあります。実験者は「材料を取ってくる」と言って部屋を出ます。机の上にはパズルと雑誌が置いてあり、学生はどちらを選んでもかまいません。この8分のうち、学生が自分からパズルに向かった秒数。それが「面白いからやる、という気持ち」の測定値になります。
1回目は、両グループとも報酬の話をされないまま取り組みます。2回目だけ、片方のグループに「1問解くごとに1ドル」が示されます。3回目、実験者は「予算が足りず、今日はお金を払えない」と伝え、両グループとも無報酬に戻ります。
結果はこうでした。報酬が出た2回目、そのグループは対照群より長くパズルで遊びました。報酬が消えた3回目、同じグループの時間は対照群より短くなりました。報酬を受け取った経験が、受け取る前よりも意欲を下げてしまったわけです。
報酬が意欲を壊すのは、報酬を出している間ではありません。出すのをやめた瞬間です。
ただし、この実験ひとつで結論を出すことはできません。デシらは2019年、この実験をふりかえる論文を自ら書いています。この最初の研究について、そこにはこうあります。「参加者はわずか24人で、統計的な検出力は現代の基準では明らかに不足しており、効果はぎりぎり有意に届く程度だった」。有名な実験の生みの親が、自分の代表作の弱さを自ら明かしています。では、1本の実験では足りないとして、どうやって確かめればよいのでしょうか。
128の実験が出した答えは「お金は意欲を削り、言葉は意欲を高める」
答えは、集めて数えることでした。エドワード・デシ、リチャード・コエストナー、リチャード・ライアンの3人は、1999年に128の実験を統合したメタ分析を心理学の主要誌『サイコロジカル・ブレティン』に発表しました。
結果は3つに分かれます。取り組んだことに対する報酬は効果量 d=−0.40、やり終えたことに対しては d=−0.36、成果の質に対しては d=−0.28。いずれも、自由時間に自分から取り組む行動を有意に減らしていました。dは効果の大きさを表す指標で、0.2なら小さい、0.5なら中くらい、というのが心理学でよく使われる目安です。
興味深いのは、逆向きの結果が同じ分析から出ていることです。ポジティブなフィードバック、つまり言葉での承認は、自由時間に自分から取り組む行動を d=+0.33、興味の自己申告を d=+0.31 押し上げていました。
お金は意欲を削り、言葉は意欲を高める。同じ「ごほうび」でも、向きが逆でした。
もっとも、この結論には長い論争があります。同じ論文のなかで著者らは、それまでに発表された4本のメタ分析を取り上げ、自分たちの手法と結果がどこで食い違うのかを詳しく説明しています。「報酬は意欲を下げない」と結論づけた研究者もいたということです。相反する分析が並ぶ領域だと知ったうえで使うほうが、実務では安全です。
条件による違いもあります。同じ分析によれば、金品のような形のある報酬は、大学生より子どもに対して強く害を及ぼす傾向がありました。逆に言葉による承認は、大学生に比べると子どもでは効果が小さくなっていました。相手が誰かによって、同じ手が違う結果を生みます。
自律・熟達・目的がそろうと、やる気を外から足す必要がなくなる
ダニエル・ピンクは、この蓄積を「OSの入れ替え」というたとえで整理しました。生存本能で動く古い基本ソフトをモチベーション1.0、アメとムチで動かす基本ソフトを2.0と呼び、内側から湧く動機に基づく3.0への更新を提案しています。
3.0を支える柱は3本です。自律(何を、いつ、誰と、どうやるかを自分で決められる)、熟達(少しずつうまくなっている手ごたえがある)、目的(自分より大きな何かにつながっている)。この3つがそろっている仕事では、外から報酬を足さなくても人は動く、というのが本書の主張です。
本書は、報酬を全否定してはいません。手順が決まっていて答えが1つに定まる単調な作業では、条件つきの報酬は今も有効だと述べています。答えが1つに定まらない仕事、工夫や判断が要る仕事になると、効き目は怪しくなります。
ピンクがこの本を書いたのは2009年(邦訳は2010年)。科学が示していることと、企業が実際にやっていることの間に大きなずれがある、というのが当時の問題提起でした。では16年たった今、そのずれは埋まったのでしょうか。
米国の調査会社ギャラップが2026年4月に公表した最新の職場調査(データは2025年1〜12月に収集)では、日本で仕事に熱意を持って取り組めている従業員は8%でした。東アジア地域の平均は18%、世界平均は20%です。前年からは1ポイント上がったものの、世界のなかでは依然として低い水準です。
16年前に指摘されたずれは、まだ埋まっていません。知識が足りないからではなく、知識と現場の設計がつながっていないからです。
インセンティブを足す前に、自分たちが奪っている自律を数える
やる気が上がらないという相談を受けたとき、最初に出てくる案はたいてい「何を足すか」です。表彰制度、インセンティブ、社内イベント、顧客向けのポイント。どれも足し算の打ち手です。
ところが3本柱のうち、いちばん先に手をつけられるのは自律です。しかも自律は、足すものではなく、返すものです。
厚生労働省の令和元年版 労働経済の分析は、働きがいの高い人が勤める企業で、どんな取り組みが実施されているかを調べています。挙がったのは「職場の人間関係やコミュニケーションの円滑化」「労働時間の短縮や働き方の柔軟化」「業務遂行に伴う裁量権の拡大」の3つでした。裁量を広げると働きがいが上がる可能性がある、という整理です。
ここで数えるべきは、制度の数ではありません。1つの施策を出すまでに、承認は何段あるか。定例の報告フォーマットは何種類あるか。いくら以上の支出から、誰の許可が要るのか。この3つを紙に書き出すと、自律をどこで削っているかが見えてきます。
やる気は、足りないから低いのではありません。差し引かれているから低いのです。
お客さまに向けた設計でも、同じ問いが立ちます。ポイントや値引きを厚くする前に、選ぶ余地を狭めていないか。手続きの画面は何ステップあるか。解約の導線だけ極端に長くなっていないか。囲い込みの仕掛けは短期の数字を作りますが、自律を削った分だけ「好きだから使っている」という理由が薄くなります。
そのうえで足すなら、お金より先に言葉です。d=+0.33という数字が示していたのは、承認が意欲を上げる側に働くという事実でした。ただし、ここで効くのは結果への評価より、過程への具体的な言及です。「よくやった」ではなく「あの資料、先に反対意見を潰してあったのが効きました」。名指しで、具体的に、その場で。仕組みに組み込むなら、週次の定例に、過程を認めるための3分を置く、といった切り口が考えられます。
日本の職場に足りないのは熱意ではなく活力。だから打ち手は減らす側にある
同じ厚生労働省の分析には、もうひとつ示唆的な数字があります。働きがいを「活力」「熱意」「没頭」の3項目で測ったとき、正社員全体のスコアは3.42でした。内訳を見ると、熱意が3.92と高い一方で、活力は2.78と低くなっています。
この差の意味するところは、はっきりしています。日本の正社員は、仕事に熱心に取り組んでいます。足りないのは、そこから活力を得ているという実感のほうです。
熱意3.92、活力2.78。まじめさは足りていて、返ってくるものが足りていない。
この構図に対して、発破をかける施策は効きません。熱意はすでに高いからです。効く可能性があるのは、消耗の側を減らす打ち手のほうです。会議を1本減らす、承認を1段外す、途中経過が見える形を作って「進んでいる」という手ごたえを返す。熟達は、うまくなっている実感が返ってきて初めて育ちます。
ひとつ、慎重に扱いたい点があります。同じ分析では、職位や職責が高くなるほどスコアが高く、若い社員ほど低い傾向も示されています。裁量が大きいほど働きがいが高いように見えますが、これは同じ時点で測った関係であって、裁量を与えれば必ず上がると証明したものではありません。もともと意欲の高い人が役職に就いている可能性も残ります。因果を早合点せず、自社で小さく試して確かめるほうが確実です。
広告や販促の言葉づかいにも、同じことが言えます。熱意を疑って発破をかける言葉は、すでに一生懸命な人には届きません。届くのは、その人がすでに払っている労力を見つけて、名指しで認める言葉のほうです。
報酬設計が空回りしていないか、5つの問いで確かめる
最後に、ブログルが自分たちにも向けている5つの問いです。答えに詰まるものがあれば、そこが足し算に頼っている場所かもしれません。
- いま出しているインセンティブを来期やめたら、その行動は残りますか
- 担当者が自分の判断だけで動かせるのは、いくらまでですか
- 直近1か月で、結果ではなく過程を名指しで認めた場面はいくつありましたか
- ひとつの施策を出すまでに、承認は何段ありますか。減らせない段はどれですか
- お客さまが自社を選び続ける理由は、特典ですか、それとも特典以外の何かですか
1971年の実験が測っていたのは、8分間の自由時間に学生がパズルへ手を伸ばしたかどうか、その一点でした。誰にも見られていないと思っている時間に、それでも手が伸びるかどうか。
報酬をやめても残るものが、その人の本当の動機です。だとすれば、いちばん確かな設計は、やめても残るものを先に育てておくことなのかもしれません。
参考・出典
- 1971年のソマパズル実験の設計と、参加者24人・効果がぎりぎり有意という限界の開示: Ryan, Ryan & Di Domenico「Beyond Reinforcement: Deci (1971) on the Effects of Rewards on Self-Determination」(2019年・self-determination theory 公式アーカイブ)
- 128実験のメタ分析と効果量(有形報酬 d=−0.40/−0.36/−0.28、ポジティブフィードバック d=+0.33/+0.31): Deci, Koestner & Ryan「A Meta-Analytic Review of Experiments Examining the Effects of Extrinsic Rewards on Intrinsic Motivation」Psychological Bulletin 125(6), 627-668(1999年)
- ワーク・エンゲイジメント・スコア(正社員全体3.42/活力2.78/熱意3.92): 厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析」第2−(3)−3図(労働政策研究・研修機構「人手不足等をめぐる現状と働き方等に関する調査」の個票より作成)
- 働きがいの高い人の勤め先で実施されている雇用管理(裁量権の拡大ほか): 厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析」第2−(3)−20図
- 日本の従業員エンゲージメント8%(東アジア18%/世界20%・2025年1〜12月収集、2026年4月公表): Gallup「State of the Global Workplace: Japan Country-Level Data」
- 書籍: 『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』ダニエル・ピンク 著、大前研一 訳、講談社+α文庫、2015年(単行本は講談社より2010年刊、原著 Drive は2009年刊)
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