『心理学』|全員賛成の案は、本当に強いのか?
「心理学」「脳科学」関連の書籍を読んで、blogle編集部が感じたことをお伝えしていくコーナーです。
会議では、広告案に全員が賛成した。ところが終わった後で、「実は、あの表現が少し気になっていて」と声がかかる。決める前に聞けていれば、と感じる場面です。
なぜ、その場では言わなかったのか。本人の遠慮だけを問題にすると、次も同じことが起きるかもしれません。今回は「全員賛成の案は、本当に強いのか?」という問いを、集団の中で判断する人の心理から考えます。
【『心理学』(New Liberal Arts Selection)著者:無藤隆・森敏昭・遠藤由美・玉瀬耕治/有斐閣、2004年】

本書は、認知・発達・社会・臨床までを扱う大学向けの概論書です。ここでは2004年版の第16章「社会的影響」に絞ります。2018年には新版が刊行されていますが、この記事は新版全体の紹介ではありません。
賛成が揃ったことと、各自が同じ根拠で納得したことは別です。案を決める前に、それぞれの判断と迷いを確かめる余地を残しておきたい、ということです。
同じ賛成でも、理由は一つではない
本書の350頁では、周囲に合わせる「同調」を考えるために、情報的影響と規範的影響という二つの見方が紹介されています。
情報的影響とは、自分より周囲の人のほうが正確な情報を持っていると考え、その判断を手がかりにすること。規範的影響とは、集団の期待やその場のあり方に合わせようとすることです。
たとえば、新商品の広告案を見て、営業担当が「この言葉ならお客様に伝わる」と言ったとします。顧客をよく知る人の経験を判断材料に加えるのは、自然なことです。自分だけで分からないことを、ほかの人の知識で補っています。
一方、「ここまで準備してもらったのに、今さら反対するのも」と、気になる点を引っ込める場合もあります。こちらは、広告の良し悪しについて新しい情報を得たわけではありません。それでも、外から見れば同じ「賛成」です。
だからといって、会議にいる誰かを「同調しやすい人」と決めつける必要はありません。限られた時間で判断し、周囲との関係も大切にしながら仕事を進める。その条件の中で、何を言えて、何を言いそびれたのかを考えるほうが、次につながります。
賛成の数を数える前に、何を根拠に賛成したのかを聞く。そこで初めて、案を支える情報が見えてきます。
黙っている人も、納得しているとは限らない
もう一つ、立ち止まったのが352頁の「集合的無知」です。自分の内側には疑問があるのに、周囲の人はそうではないと思い込む。お互いにそのように受け取ってしまう状況が説明されています。
本書が挙げるのは、授業で「分からない人は?」と聞かれても、誰も手を挙げない場面です。自分は理解できていない。でも、ほかの人が黙っているのを見ると、自分だけなのだと感じてしまう。自分の沈黙には「言い出しにくい」という理由があるのに、他人の沈黙は「理解できている」と読んでいるわけです。
広告の会議に引きつけるなら、「何かありますか」と聞いて反対が出なかっただけでは、全員が納得したとは判断できません。案を考える時間が足りなかったのかもしれないし、まだ言葉になっていない違和感があるのかもしれません。もちろん、本当に異論がない場合もあります。
この本を読んで、「沈黙は不満の証拠だ」と反対方向に決めつけてしまっても困ります。人の気持ちを見抜くためではなく、見えている反応だけで結論を急がないための知識として持っておきたいところです。
発言がないことは、賛成とも反対とも決められません。判断するには、本人がどう受け取ったかを確かめる必要があります。
広告案への意見は、話し合う前に一度書く
ここからは本書そのものの手順ではなく、広告制作への応用案です。会議を増やすより、最初に意見を出す順序を少し変えてみます。
架空の例として、製造業向けの業務支援サービスで「工場の仕事を、もっと自由に。」という広告コピーを検討しているとします。採用を決める人が最初に感想を話す前に、参加者それぞれが、誰に何を約束する言葉だと受け取ったかを書きます。良いと思った理由と、まだ判断できない点も、短く添えます。
営業担当は「現場の方が、紙への転記から解放されること」と読んだ。開発担当は「工場長が、離れた場所からでも状況を判断できること」と読んだ。二人とも賛成ですが、思い浮かべていた相手と価値は違います。
この違いが分かれば、話すべきことが変わります。「自由という言葉が好きか」ではなく、「今回届けたいのは現場の担当者なのか、工場長なのか」「広告の次に見せる画面や説明は、どちらの期待に答えるのか」。コピーの好みをぶつけ合うより、決める対象を絞れます。
書く段階で、無理に反対意見を求める必要はありません。「まだ判断できない」も一つの回答にします。匿名なら何でも率直に書ける、とも限りません。誰が読むのか、回答を何に使うのかを伝え、意見の違いを人の評価に結びつけない扱いが前提です。
先に個別の判断を残すのは、他人の話を聞く前が常に正しいからではありません。話し合って考えが変わったときに、何を知って変わったのかを振り返れるようにするためです。
異論が出たら、次に確かめることへつなぐ
意見を集めただけでは、広告は決まりません。先ほどの例なら、担当者ごとの解釈を並べた後に、実際の顧客情報へ戻る作業が残ります。
たとえば、最近の商談で顧客が困っていたのは何だったのか。提案資料ではどの画面に質問が集まったのか。既に確認できる記録があれば、その範囲で案を比べます。営業担当の感触も材料になりますが、「誰の、どの場面の話か」を伴わせると、ほかの人も検討できます。
それでも材料が足りなければ、答えを会議室で作り上げず、対象に近い人へ案を見せて確かめる方法を考えます。「良いコピーですよね」ではなく、「何をしてくれるサービスだと思いましたか」と、まず受け取り方を聞く。これは効果が保証された調査手順ではなく、意図と解釈のずれを見つけるための小さな確認です。少人数の反応を、そのまま市場全体の評価にはしません。
締切が近ければ、すべてを確かめる時間はないでしょう。そのときは、何を根拠に今回の案を採ったのか、何は分からないままなのかを残します。公開後に想定と違う質問が来たら、その未確認点から見直せます。
見たいのは、反対意見が増えたかどうかではありません。決定前に、案の伝わり方を左右する違いを見つけられたかどうかです。全員が同じ言葉を口にすることより、違う見方を持ち寄ったうえで、同じ案を選べること。そのほうが、送り出す広告に納得を持てるのではないでしょうか。
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