【影響力の武器】なぜ、人はイエスと言ってしまうのか?
「心理学」「脳科学」関連の書籍を読んで、blogle編集部が感じたことをお伝えしていくコーナーです。
今回のテーマは「なぜ、人は“イエス”と言ってしまうのか?」です。商品やサービスを伝えて、相手に選んでもらう仕事をしている人に向けて書いています。人が承諾する瞬間に何が起きているのかは、50年近く前から実験で測られてきました。読み終わるころには、承諾率を60%から94%へ動かした一言と、その一言が効かなくなる境目が手元に残ります。
このテーマは【『影響力の武器[第三版]なぜ、人は動かされるのか』著者:ロバート・B・チャルディーニ(誠信書房/社会行動研究会 訳)】に書かれている内容からインスピレーションを受けました。著者のチャルディーニは、アリゾナ州立大学で承諾と説得を研究してきた社会心理学者です。

今回お伝えしたい結論を先に言ってしまうと
「人がイエスと言うかどうかは、提案の中身より、その場に置かれた小さな手がかりで決まることがあります」
「ただしその手がかりが効くのは、相手の負担が軽いあいだだけです。負担が重くなった瞬間、人は中身を見にきます」
「急いでいるので」を足しただけで、承諾率は60%から94%に上がった
この本の出発点になっている実験があります。1978年、ハーバード大学の心理学者エレン・ランガーらが、ニューヨーク市立大学大学院センターの図書館で行ったものです。コピー機の順番を待っている人に近づいて、先に使わせてほしいと頼みます。対象は、実際に居合わせた120人(男性68人・女性52人)でした。
頼み方は3種類です。「すみません、5枚なのですが、先にコピーをとらせてもらえませんか」だけの言い方。そこに「急いでいるので」という本当の理由を足した言い方。そして「コピーをとらなければいけないので」という、理由になっていない理由を足した言い方。
承諾率は、理由なしが60%、「急いでいるので」が94%でした。論文の表1に、条件ごとの数字がそのまま並んでいます。
驚くのは3番目です。「コピーをとらなければいけないので」は、情報として何も足していません。コピー機に並んでいる人は全員コピーをとりに来ています。それでも承諾率は93%。本当の理由を言ったときと、ほとんど変わりませんでした。
チャルディーニは、こうした反応を「カチッ・サー」と名づけています。動物には、特定の合図を受け取ると決まった行動をひとそろい始める仕組みがあります。録音テープのボタンをカチッと押すと、サーと同じ内容が流れ出す。それと同じことが人にも起きる、という見立てです。この実験では、「〜ので」という言い方そのものがボタンになっていました。
人は、理由の中身ではなく、理由の形に反応しています。
同じ言い方でも、頼みごとが大きくなると通用しなくなった
実は、この実験にはもう半分あります。ほとんど引用されない条件です。
ランガーらは、頼む枚数を5枚から20枚に変えた条件も同時に走らせていました。相手にとっての負担が重くなる条件です。結果は、理由なしが24%、理由になっていない理由も24%、「急いでいるので」だけが42%でした。
形だけの理由は、効き目が完全に消えています。5枚のときは93%を出した言い方が、20枚になると理由なしとまったく同じ24%まで落ちました。
この実験は「『〜ので』と言えば通る」という便利な小技として紹介されることがあります。けれど数字は逆のことも言っています。相手の負担が重くなった瞬間、人は言い方ではなく中身を見にきます。20枚の条件では、本当に急いでいるかどうかだけが差になりました。
小さなお願いは言い方で決まり、大きなお願いは中身で決まります。
6つの原理は、だまされやすさではなく、誰の頭にも入っている近道
本書は、こうした自動的な反応を引き出すものを6つに整理しています。日本語版の第三版は原著の第5版(2009年)にあたり、そこで挙げられているのはこの6つです。
- 返報性:何かを受け取ると、返さないと落ち着かなくなる
- コミットメントと一貫性:一度言ったことは、貫きたくなる
- 社会的証明:ほかの人の選択を、自分の判断の手がかりにする
- 好意:好きな相手、親しい相手の言うことは受け入れやすい
- 権威:肩書や専門性のある相手には、逆らいにくい
- 希少性:手に入りにくいものほど、価値が高く見える
返報性の章に、日本語の話が出てきます。チャルディーニは、多くの言語で「ありがとう」にあたる言葉が「恩に着ます」という意味を持つと指摘したうえで、日本語の「すみません」は文字どおりには「これでは終わりません」だと書いています。受け取った側に借りが残り、それが未来に持ち越される。返報性は、そこまで言葉に埋め込まれています。
権威の章で扱われるのは、1963年にイェール大学のスタンリー・ミルグラムが行った実験です。参加者は教師役に置かれ、別室の「学習者」(実際は実験の協力者)に電気ショックを与えるよう指示されます。装置には15ボルトから450ボルトまで30段階の目盛りがついていました。論文の要旨によれば、40人のうち26人が最後まで指示に従い、最大の450ボルトまで進んでいます。
ただしミルグラムのこの実験は、参加者に強い精神的負担をかけた点で倫理的な批判を受けており、手続きの記録についても議論が続いています。40人中26人という数字だけを「人は権威に弱い証拠」として持ち出すのは、乱暴な引用になります。
この本の構造には、もう一つ特徴があります。全8章のうち原理を扱う各章には、末尾に必ず「防衛法」が置かれています。相手にかけるための手順ではなく、かけられたと気づくための手順です。
6つの原理は、人をだます技ではありません。誰の頭にも最初から入っている、判断の近道です。
「大多数の宿泊客が再使用しています」で35.1%が44.1%に。ただし追試では差が消えた
6つのうち、実務でいちばん引用されるのが社会的証明です。チャルディーニらの研究チームは2008年、ホテルの客室に置くタオル再使用の掲示を差し替えて、実際の再使用率を比べました。Journal of Consumer Researchに載った論文です。
環境保護を呼びかける従来型の掲示では、再使用率は35.1%でした。これを「当ホテルの宿泊客の大多数がタオルを再使用しています」という書き方に変えると44.1%。さらに「このお部屋に泊まった方の大多数が」と、範囲を目の前の部屋まで狭めると49.3%まで上がりました。
効いていたのは、数の大きさではありませんでした。自分との距離のほうです。
ところが、この結果には続きがあります。2014年、ドイツの研究チームが同じ設計で追試を行いました。4つ星ホテルの全162室を5週間観察し、724件の宿泊を集計したものです。結果は、「大多数が再使用しています」型の掲示で81.9%、従来型の環境訴求で83.7%。論文は、差は出なかったと報告しています。
もともとの再使用率が80%を超えている国と、35%の国では、同じ掲示が同じようには働きません。心理学では2010年代以降、古典的な実験を追試して効果の大きさを測り直す作業が続いており、この本に載っている研究もその対象に入っています。
効く条件がわかっていない原則は、まだ道具ではありません。
社会的証明は人数の大きさでなく、相手との近さで効く
ホテルの実験で、44.1%と49.3%を分けたのは、掲示の文章のうまさではありません。「当ホテルの宿泊客」を「このお部屋に泊まった方」に置き換えた、それだけです。5.2ポイントの差は、誰の行動を引き合いに出すか、という一点から生まれています。
この差は、企業のコミュニケーションにそのまま置き換えられます。BtoBのサービスで「導入実績300社」と数を掲げるのは、44.1%側の書き方です。49.3%側にするなら、同じ規模・同じ業種・同じ職種の1社が、どんな困りごとを抱えて、どう使っているかを見せる。数を増やすより、相手との距離を縮めるほうが効きます。
ただし前提があります。その社会的証明が事実であることです。2023年10月1日から、広告であることを隠して第三者の感想のように見せる表示は、景品表示法上の不当表示として規制の対象になりました。消費者庁の告示「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」です。事業者が依頼して書かせたレビューや投稿も、依頼の事実を隠せば対象に入ります。
効くか効かないかを議論する前に、まず違法かどうかの線があります。そのうえで、実在するお客さまの声を、相手に近い順に並べ替える。ここが手を入れられる場所です。
社会的証明は、人数の大きさでなく、相手との近さで効きます。「何社使っているか」より「あなたと同じ会社が使っているか」です。
言い方でイエスを取れるのは、資料請求までの範囲
コピー機の実験に戻ります。60%が94%になったのは、コピー5枚を先に譲るという頼みごとでした。20枚になったとたん、同じ言い方は42%止まりです。
企業のコミュニケーションにも、この5枚と20枚の境目があります。資料のダウンロードやメール講座の登録は5枚側です。ひとこと理由を添えるだけで反応が変わります。「サービスの詳しい資料はこちら」より「導入前に社内で稟議を通すために、費用の内訳をまとめました」のほうが動きます。
いっぽう、商談の申し込み、見積の依頼、契約の判断は20枚側です。ここで言い方を磨いても、42%と24%の差しか動きません。相手が見にくるのは中身のほうです。導入までの手順、想定される社内の反対意見、うまくいかなかった場合にどうするか。
施策の切り口としては、たとえばこうなります。入力フォームの手前で使う言葉と、商談の手前で使う言葉を、分けて設計する。前者は理由をひとこと添える。後者は判断材料を先に渡す。同じ「問い合わせを増やす」という目標でも、打ち手はまったく別物になります。
言い方でイエスを取れるのは、資料請求までの範囲です。その先は、材料をどれだけ正直に渡せたかで決まります。
自社の伝え方が5枚側か20枚側か、5つの問いで確かめる
最後に、ブログルが自分たちにも向けている5つの問いです。答えに詰まるものがあれば、そこが手を入れる場所になります。
- いま出しているCTAの文言に、「なぜそれを押すのか」の理由は書かれていますか
- その理由は、相手にとって本当に理由になっていますか。それとも「コピーをとらなければいけないので」に近い形だけの理由ですか
- 相手に求めている行動は、コピー5枚側ですか。20枚側ですか
- 載せているお客さまの声は、読み手と同じ規模・同じ業種・同じ職種の人のものですか
- その社会的証明は、依頼して書いてもらったものですか。だとすれば、その事実は表示されていますか
ランガーの実験でいちばん怖いのは、93%の人が形だけの理由に応じたことではありません。応じた本人が、あとから「急いでいる人みたいだったから」と、もっともらしく説明できてしまうことです。
この本が各章の終わりに防衛法を置いているのは、そのためだったのかもしれません。仕組みを知ることは、相手を動かす力になると同時に、自分が動かされたことに気づく力にもなります。伝える側に立つ日と、選ぶ側に立つ日は、どちらも同じ一日のなかにあります。
参考・出典
- コピー機の実験(120人/5枚の依頼で 理由なし60%・形だけの理由93%・本当の理由94%/20枚の依頼で 24%・24%・42%/1978年): Langer, E. J., Blank, A., & Chanowitz, B.「The Mindlessness of Ostensibly Thoughtful Action: The Role of “Placebic” Information in Interpersonal Interaction」Journal of Personality and Social Psychology, 36(6), 635–642
- 権威の実験(40人中26人が450ボルトまで/30段階・15〜450ボルト/1963年): Milgram, S.「Behavioral Study of Obedience」Journal of Abnormal and Social Psychology, 67(4), 371–378(PubMed/米国国立医学図書館)
- ホテルのタオル再使用(従来型35.1%/宿泊客の大多数44.1%/同じ部屋の宿泊客49.3%/2008年): Goldstein, N. J., Cialdini, R. B., & Griskevicius, V.「A Room with a Viewpoint: Using Social Norms to Motivate Environmental Conservation in Hotels」Journal of Consumer Research, 35(3), 472–482
- 上記の追試(ドイツの4つ星ホテル162室・5週間・724件の宿泊/記述的規範81.9%・従来型の環境訴求83.7%で差なし/2014年): Bohner, G., & Schlüter, L. E.「A Room with a Viewpoint Revisited: Descriptive Norms and Hotel Guests’ Towel Reuse Behavior」PLOS ONE, 9(8), e104086(PMC/米国国立医学図書館)
- ステルスマーケティング規制(2023年10月1日施行・景品表示法上の不当表示として指定): 消費者庁「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」
- 書籍: 『影響力の武器[第三版]なぜ、人は動かされるのか』ロバート・B・チャルディーニ 著、社会行動研究会 訳、誠信書房、2014年(原著 INFLUENCE: SCIENCE AND PRACTICE, 5th Edition, 2009)
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